2014年6月17日火曜日

カロリーと知識の関係


昨年の秋から痛めていた膝を手術で治療しました。
今回の手術は根本的な治療と言うよりも対処療法なので、また膝を痛めることが考えられます。

膝の負担を減らすために、まずは、少し増えてしまった体重を減らす必要があります。
体重を減らすには、1)摂取するカロリーを減らす、2)消費するカロリーを増やす、のどちらか、または両方を行う必要がありますが、膝を痛めている私としては、2)の選択肢を取るのが難しく、まずは摂取カロリーを如何に減らすかが問題となります。

当然ですが、「摂取カロリー」<「消費カロリー」にすれば自ずと体重は減っていきます。
皆さんもご存じだと思いますが、人間には基礎代謝、つまり何もしなくても生きていくだけで消費されるカロリーがあります。
私の年齢と体重、身長から割り出される基礎代謝の消費カロリーは約1600Kcalです。
運動できず、通勤と仕事が大きな消費カロリーの元になる今の私としては、おそらく2000Kcalを下回る摂取カロリーにしないとダイエットは成功しません。
当面、日々の摂取カロリーを気にする毎日です。

さて、カロリーを気にしていたら、最近あることに気付きました。
それは、「カロリー・運動」と「知識・行動」の関係です。

体に摂取されたカロリーは、基礎代謝として生きるための最低限のエネルギーとして消費され、さらに運動を通して健全な肉体(例えば強靭な筋肉)を創り上げる糧として消費されます。 
適度な運動が伴わないと、過剰のカロリーは脂肪として体内に蓄積され、時としては肥満や糖尿病などの、健康を害する原因のひとつになってしまいます。

もしかしたら、我々が外から得る知識にも、似たようなところがあるのかもしれません。
人は生きるために、必要な知識を吸収する必要があります。
それは刻一刻と変化する周囲の状況に、自分を適応するための知識ではないかと思います。
例えば、この4月にあった増税のように社会のルールが変わったときに身に付ける知識であったり、会社に新しいコピー機が導入されたときに使いこなすための知識だったりするかもしれません。
最低限社会生活が送れる知識、おそらくカロリー消費であれば基礎代謝に相当する知識なのでしょう。
しかし、それでは「生きている」だけであって、成長していることにはならないと思います。
成長のために必要な知識を積極的に獲得する必要があるのでしょう。

ただ、摂取カロリーと運動の関係のように、獲得した知識は、それを試したり、行動に反映しない限り、成長の糧にはならないのではないかと思います。
せっかく獲得した知識も、使わずに単に貯めておくだけであれば、単なる物知りで終わってしまい、カロリー過多での不要な脂肪のような存在になってしまうかもしれません。
ちょうど不要な脂肪が健康を害するように、場合によって使わない知識は、その人を単に知識を持った行動の伴わない批評家にしてしまい、成長を阻害する原因になるかもしれません。

「知っていること」と「実行すること」は根本的に違います。
自らの成長のためにも(知識太りしないためにも)、獲得した新しい知識や知見は、いろいろな場面で試し、行動に反映していきたいものです。


2014年6月11日水曜日

時にはアナログに


インターネットや携帯電話が世の中に普及して約20年が経過。
私たちの生活スタイルや仕事の仕方も大きく変わり、便利な世の中になりました。

そのような環境の中、皆さんも次のようなことを、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。

・携帯やスマホを忘れて家を出ると落ち着かなくなる。
・電池(バッテリー)が少なくなってくると不安になる。
・ネットが繋がらない環境に行くとそこはかとない疎外感を感じる。

これらのことは、私たちにとってインターネットが身近な存在であるが故に感じる経験です。
そして、良くも悪くも気づかずに、インターネットやパソコン中心の生活になっていることの現れです。

・分からないことがあってもインターネットで検索をすればすぐに答えが出てくる。
・他者とのコミュニケーションの手段がメールやSNSになってきている。
・文字を「書く」という行為から、文字を「打つ」という行為にシフトしてきている。
・文字を打てば、漢字変換が容易に出来たり、次に打とうとする文字が予測変換される。
・電車に乗っている時や歩いている時にも、携帯やスマホの画面に向き合っている。

これら一つ一つは本当に素晴らしい機能ですが、その「付き合い方」について考えさせられることがあります。

自分で考えてアウトプットすることを、外部(インターネットやパソコン)に依存しすぎると、そもそもで自分自身が考えなくなってしまう、もしくは考える力が弱まってしまうのではないかと思うからです。

例えばそれが仕事に現れると、自分から動かずに、ひたすら指示待ちの状態になってしまったり、自分の意見や考えを持たないまま「どうしたらいいでしょうか?」と相手に判断を委ねてしまったり、指示を受けても、具体的な進め方までキチンと説明をしてもらわないと動くことができなかったり、といったことが起きます。

つまり「自ら考えること」を放棄してしまい、全てを相手に依存してしまうという状況になってしまいます。
また、これらの反応が、無意識の中で起きてしまっているという部分も、非常に怖いものがあります。

そうならないようにするためにも、日々「自分の頭で考える」という「クセ」を付けることが大切。
その方法はいろいろあるかとは思いますが、例えばたまには「アナログ的」な生活をしてみることも一つかなと思います。

・携帯を持たずに街に出て見たり、友人と待ち合わせをしたりしてみる。
・インターネットを使わないで何かを調べてみる。
・普段メールやSNSでしかやり取りしていない人と、直接の対話をする機会を増やしてみる。
・メモをとってみる、手書きで文章を書いてみる。
・電車に乗って外を眺めてみたり、周囲の景色を見ながら歩いてみる。

そんなことを敢えてやってみると、実はものすごく頭を使ったり、深く考えたり、普段では気づかないような新たなことに、気づいたりすることも多いのではないでしょうか。

最近、子供をキャンプに連れて行く親が増えていると聞きます。
これは親が子供に、『考える力』を身に着けさせたいと思っている証拠かもしれませんね。
斧で薪を割り、火おこしをして、飯ごうでお米を炊いてカレーを作る、そして自分たちでテントを張って寝袋に入って寝る…。

こういう経験を通じて、子供たちも自然の雄大さや、エネルギーや資源の大事さ、チームワークなどに気づき、自分たちが普段どれだけ恵まれた環境で過ごしているかを感じられると思います。

最近、私も時々ではありますが、意識的に「アナログ人間」になるように心がけています。
インターネットを一日やらないで過ごす日をつくってみたり、休日などでの外出時にスマホを持たないで出掛けてみたり。

確かに不便だなあと感じることもありますが、その一方で何か新鮮な気持ちになったり、情報を集めるために色々と考えたり、試行錯誤している自分がいることに気付きます。
思えば20年位前はそれが当たり前だったのですが(笑)
過去のある瞬間からそうなったのではなく、いつの間にかそうなっていくのですね…怖いです。

いわゆる「アナログ」と「デジタル」の良さをそれぞれ理解し、活用していくことの大切さは、私たちの会社の行動指針にもある「品質」と「効率」、「情熱」と「論理」の両立にも繋がる部分があります。

時には敢えて「アナログ」に過ごすことで、「考えること」の価値を感じるのも大切なことではないでしょうか。

2014年5月29日木曜日

想いをつなげる


いよいよ来月、ブラジルでワールドカップが開幕します。
ザックJAPAN、そして世界の各国の活躍が楽しみですね。

ほぼ手が届きかかっていたアメリカワールドカップの切符を、ロスタイムで逃した、あの「ドーハの悲劇」から20年。
月日が経つのをとても早く感じます。

1993年のJリーグ創設を皮切りに、日本のサッカーのレベルも飛躍的に発展を遂げました。
そして、ヨーロッパの強豪チームで活躍する日本人選手を、どんどん輩出するようになりました。
日本代表チームも、それに合わせるかのように日々進化を遂げてきています。

これは、選手個人の技術やチームの戦術レベルが向上したのはもちろんのこと、協会や地元、そしてサポーターが一緒になって日本のサッカーを盛り上げてきた賜物です。

更に、そのプロセスで過去の先人が経験して感じた「想い」が、「文化」としてキチンと次の世代に伝承されているからではないかと考えています。

ドーハの悲劇での悔しさや、その悔しさをバネに初出場を決めた時の感動。
地元での開催で多くのサポーターに囲まれて試合をする喜び。
ボロボロの前評判を覆して、決勝トーナメントまで勝ち進んだ時の興奮。
代表に選ばれた選手の喜びや、選ばれなかった選手の悔しさ…。

一人一人の「想い」が、経験者の言葉として多くの人に伝えられ、今の日本サッカーがあるのではないかと思います。

ドーハの悲劇を経験していない人は、全く同じ経験が出来ません。
ドーハの悲劇を経験しろと言われても、経験することは出来ません。

しかし、経験者はそこで感じたことを伝えることが出来ます。
経験者が当時何を考え、感じ、どういう言葉や態度を発したのかは、伝えられます。

それは企業経営や組織においても一緒。
例えば井深大さんや松下幸之助さん、本田宗一郎さんなどの、「創業者」が事業を立ち上げた時と全く同じ経験を、今の社員が経験することは残念ながら出来ません。

しかし、事業立ち上げのプロセスの中で、当時の創業者がどういうことを感じ、何を考え、最終的に何を学び、何に気づいたのかということは、次の世代へと語り継いでいくことが出来ます。

例えば、トランジスタラジオや電球ソケット、二輪車の開発を夢中になって取り組む中で、これができれば世の中が大きく変わると感じていたであろう「ワクワク感」であったり、なかなか上手く形にならない中でも「あきらめずにやり続けることの大切さ」であったり、こういった大切な気持ちや想いは伝えることが出来ます。

社員もそれを肌で感じ取り、日々の仕事にその当時の「想い」を込めることが出来ます。
まさにこれが経営理念や行動指針、社員一人一人の根幹にあるスピリットや企業文化。

先人の「想い」を引き継いだ今の世代、次の世代の社員は、企業文化を継承しながらも、激変する環境に上手に「適応」しながら、新しいチャレンジをし、発展していくのだと思います。

私たちの会社では、クライアント企業の経営理念をしっかりと理解し、サポートしていくことを大切にしています。
その企業だからこその強み、そして時代を理解した上でのチャレンジ、不易流行を大切に、これからも邁進していきたいと思います。